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コラム

第201回

「破綻と創造」

創立80周年を迎える富士フィルムのCEO古森さんの話しを聞く機会がありました。
2012年1月、同業界の世界の巨人と言われたイーストマン・コダックが、写真フィルム市場の急激な変化の中で破綻しました。

両社の明暗を分けたのは、4万人もの人員削減によるコストダウンに走ったイーストマン・コダックと、企業の存亡をかけ、事業構造改革のために企業内起業をやり抜いた富士フィルムの違いにあります。

古森さんが社長に就任した2000年、世界の写真フィルムの需要はピークで、「写ルンです」という商品の売れ行きは順調だったと言います。
この頃、グローバル化に向け中国、インドを始めとするASEANのマーケットでは、まだまだこれからといった見方を多くの経営人達はしていました。

古森さんは、社長に就任してから徹底して現場でカスタマーと向き合っていたメンバー達の声を聴き、市場データを分析したところ、変化の兆候があり、デジタル社会の大波が押し寄せてくる予兆を感じたといいます。
未来の姿を嗅ぎ取った古森さんは、生き残っていくには「破壊と創造」を同時に進めることで、新たな成長エンジンを創り上げるしかないと覚悟したとのことでした。

富士フィルムの強さは、樫村を始めとする「4特」と言われる特約店による強力な販売ネットワークを持っていたことにあります。
しかし古森さんは、過去のしがらみを断ち、直販体制に切り替え、社名から写真という2文字を消し、起業チームを立ち上げ、全社を挙げて新たな市場に取り組む決断をしました。

自社の経営資源の強みを生かした「アスタリフト」ブランドは、アンチエイジング化粧品として業界のタブーといわれた赤色容器で、松田聖子を起用し、市場に新風を吹き込んだ姿は記憶に新しいところです。見事に事業構造を変えた結果、3年後の売上高は、2兆8,468億円、営業利益は2,073億円と過去最高となっています。

 「本業の稼ぎ部門事業の喪失に直面し、市場が激変する予兆があったから決断できた。」という古森さんの言葉に、デジタル社会の中で生き抜く覚悟をした心の内を見る思いがしました。

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