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コラム

第266回

「共創が生む成功物語」

豆からひける全自動コーヒーメーカーが話題になっている。ツインバード工業が開発した高級コーヒーメーカーで2018年の発売から好調な売れ行きだ。

開発のきっかけは商品開発部の岡田剛さんの「自分だけの究極の1杯のコーヒーを自宅でゆったりとした時間に飲めたらどんなに幸せだろう」との思いだった。

16年に経営陣の後押しを得て、本物志向の全自動コーヒーメーカーの開発が始まる。開発コンセプトは「バリスタがいれる本格的なコーヒーの味を自宅で再現する」。しかし開発メンバー全員がコーヒーには素人で知識も技術もない。何をもっておいしいと言えるのか基準がなかった。

多方面から情報を収集し、東京・南千住の「カフェ・バッハ」が開店から50年たった今も愛され続ける名店だと知る。店主の田口衛氏は自家焙煎の第一人者であり、バリスタも使う本格的な書籍を数多く出版する「コーヒー界のレジェンド」と呼ばれる人物だ。

岡田さんは田口氏を訪ね「本物の豆からひける全自動コーヒーメーカーを作りたいが、何をどうしたらいいのか分からない。お店で味わるコーヒーを自宅で楽しめたら、多くの人が幸せな気分になる」と熱意を伝えた。断られる覚悟をしていたがピュアな開発魂が田口氏に伝わり、協力を仰げることになった。

しかし商品開発は困難を極めた。田口氏の店に足しげく通い、店と変わらないプロセスで豆量や粒度、水量、湯温、蒸らし時間、ドリッパーリブの高さなど、すべての工程を一つひとつ丁寧に再現することに取り組んだ。

最大の難関はバリスタが湯を注ぐ技術の再現だった。6か所から湯が出る仕組みをつくり、湯の出方を緻密に秒単位でコントロールする電気設計をした。湯がドリッパーリブに注がれるときに2cmの隙間を空けて外から見えるようにもした。チームメンバーは夜中まで試行錯誤しテイスティングを重ね、店の味を忠実に再現することに挑戦した。そして透明感のあるまろやかなおいしさを、2年の歳月をかけて実現した。

他に類のない「豆からひける高級全自動コーヒーメーカー」の成功は、分析的戦略アプローチではない。開発リーダーがコーヒー界のレジェンドと出会ったことから始まる「共創の物語」だ。物語にはプロット(筋書き)がある。

ツインバード工業では開発が壁にぶつかったとき、ネットワークでつくる共創の思想が行動規範となっている。同社が本社を置く新潟県の燕三条には地域企業とのエコシステム(相互協力関係)があり、このネットワーク資源が開発の成功要因となった。

共創による開発物語には必ず人との出会いがあり、行動規範がスクリプト(脚本)になる。プロットとスクリプトで難題を解決していけば、成功に至る。

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