column

コラム

第26回

「旅立ちの時に受け継がれるもの」

人は、生まれたからには、必ず人生の終わりがくる。どんなに立派な方でも、終焉がくる。
しかし、その終わりは、人の心に残り続ける新たな旅立ちではないかと思う。

先月、茨城のアミューズメント企業株式会社ジョイパックの創業者である、金社長のお別れの会に参列した。葬時会場のステージ一面に、1万本はあるのではないかと思える、紅白の花壇の中心に全てを包み込むような優しい笑顔の金社長の遺影があった。

司馬遼太郎氏は、「実在の人は、没後100年以上たった人でないと生臭くて書けない」と、おっしゃっている。まったくその通りだと思う。人間は生きている限り、様々な誇りも背負う、ましてや、政治、経済、経営を司る身になれば、奇麗事だけでの判断は不可能であり、また、生身の人間なので、計算外の私的な行動を起こす本能、感情が存在して当たり前だ。

当時の生々しい情報より、その方の功績を伝説とするだけの価値があるや、否や、を判断するのも、最低100年は必要かもしれない。そうはいっても、あの人は素晴らしかったと、今、語り継ぎたい人はいる。

その一人に金社長がいらっしゃる。

金社長は、大学卒業後、最強のパートナーである弟専務と共に、数々の困難にも、風格を失う事無く、戦い抜き、売上1,000億に届く株式会社ジョイパックを創り上げた。昨年、不慮の事故に見舞われたが、奇跡的な復活をされ、次世代の経営者に引継ぎを、しっかりとされていた。

感心している最中、まるで、遣り残した事を終えたかのような、突然の訃報に、多くの関係者が無念の声を漏らし、お別れの会にかけつけた。

通行案内を務める社員の方々の泣きはらした眼にあう度に胸が詰まった。会社の一大事の時も、損得より、社員の事を大事に思う社長だった。

年に一度、社長と専務は、パート、アルバイトも含めた全員からアンケートを取り、その質問に必ず答えてこられた。そんな人だから、全ての人に思い出があるのだと思う。多くの人に惜しまれて、称えられて旅立てる事も、人生の成功といえるのではないだろうか。

金社長は、立派に生き抜かれた素晴らしい経営者だという事が、参列者の涙や、別れを惜しむ人達の想いに現れていた。

経営は、甘い考えでは成就できない、しかし、この人の為に、この人と一緒に成功したいという思いになる経営者とそうでない場合がある。何が違うか、それはきっと、共通の目標、共通の価値観を見つけられるかどうかという事だと思う。

金社長は、多くの社員と価値観を共有してこられたのだろう。これからも、金社長の想いがこもった、ジョイパックの理念が受け継がれ、常に社員が心を一つにしている日本一の会社として、存続されていくと信じている。

コラムを毎月メルマガでご購読