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コラム

第217回

「思い込みの使い方」

自分の周辺でしかない話だが、今更ながら格差社会に対しての批判や意見が飛び交っているように感じている。どの意見もそれなりに説得力があるから不思議に思っていると、どうやら人というのは、それぞれに自分が生きてきた中で蓄積されたアンコンシャスバイアスや思い込みがあるので、自信を持って意見が言えるらしい。

因みに、アンコンシャスバイアスとは、過去の経験や日々接する情報、周囲の意見などから無意識のうちに形成されるもので、思い込みとは「自分が正しいと信じて疑わないこと」や「事実に基づかない判断や決めつけ」を指すそうで、客観的な根拠が不足していることも多くなるようだ。

しかし、使い方によっては人生に役に立つ要素でもあると私は思う。例えば、私は恩に対する思い込みがある。

恩と言えば、窮地に陥った時に救ってもらったとか、育てて頂いたとか、自分に身近な事で感じるのが普通かもしれないが、私の中には、この方がいたればこそという、私が勝手に慕う機会を頂いた恩人が幾人もいらっしゃる。最近また、その恩人の一人が旅立たれた。

お会いしたのは30年前、温和そうな中にも屈強な雰囲気もお持ちなので、かなり緊張していた私に「僕はねぇ、吉井さんに難題をぶつけた事があるからね、今度は僕が色々勉強させてもらう事にしたんですよ」と茶目っ気溢れる会話で気持ちをほぐして下さった。

自社の未来に対しての展望が明確なことから、創業時から私どもの事業内容に共感してくださり、現在の出島オフィス事業&イントレ塾のきっかけをくださった。

どんな事業でも商売でも始まりがある。始まりを下さるお客様は様々な事をその事業者に教えてくれる恩人だ。人生もそうだ。今ここに自分が生きている。今ここ仕事が出来ている。全て誰かのおかげであり、その始まりがあったはずなのだ。

なので、私は、その始まりの時に自分が何を思ったのかどういう思いでいたのかを忘れない。感謝の気持ちを忘れると罰があたるというのが、私の思い込みである。

また、話題に欠かない格差問題に対しては、どんなに批判をしようが、平等を訴えようが、あらゆる格差はなくならない。いやなら自分で格差を乗り越えるか、乗り移るしかないという思い込みもある。しかし、そんな思い込みは生ぬるい。

その恩人は、低迷の危機を感じる家業を引き継がれた時、言葉の通じないコネもない外国へ自分達には金メッキの凄い技術があるというだけで、一人で営業に出向かれた。光る物が好きな国だからというポジティブな思い込みだけを武器にである。

その後も、お客様が喜ぶ便利で安価な家電の開発を絶やすことなく日本の家電メーカーとして上場もされた。引退後も安定した企業として価値を提供され続ける企業をつくりあげた無類の創業者である。

思い込みは使い方次第で、生きる力や成功の条件になる。というのも私の思い込みだけど。

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