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コラム

第175回

「人を想う」

新しいという字は立つ木に斧を入れるとか、創造は破壊からとか言われてきて、ともかく、新たな事を新たな事をとせっつかれると、何が何でも前と違う事、これまでになかった事を探そうとしてしまう。

その結果、今や便利すぎて戸惑うほど、様々なサービスや商売に囲まれている。
それでも、まだ足りずに、日夜これでもか、これでもかと便利になっていっている。
顧客の要求に応えるために。

しかし、顧客のニーズとは本当のところ何であるのだろうか。より快適に、より健康に、より美しく、より賢く、より安全に、より美味しく。もっと、もっととキリがないのである。

結果、便利を追求し続けているITの世界は、益々進歩し、誰が、どこで、何を、どうしているかとか、何が欲しいかとか、いくら持っているかとかすべて見通されているし、あらゆる話もその場で検索されるので雑談も慎重になる。

正直、高齢の私には便利の中に不便を感じる時もある。
近未来の世界を風刺した海外ドラマにあるように、個々人の点数を周囲がつけて、点数によって信用度が決定し、新たな階層が生まれる社会も、人生全てを録画されるという事も、現実味を帯びてきているのである。

しかし、この現代における便利の背景には膨大なエネルギーが必要だ。
そして、この発展に貢献してきたのが原発でもあった。

ところが、今やそれがあることで世界は不安を抱え、時には大きな災害を起こす要因ともなっている。哲学家の梅原氏によれば、天災でも人災でもない、文明災害だと。

まさに、そういうことでもある。便利を追求するあまりに新たな災いをもたらすこともある。
だからといって、昔と同じ生活に戻すこともできない。となると、未来の人々が困らないように、災いを減らすための努力をするのが、現代人の使命なのである。

自然エネルギーの開発が進んでいるのは喜ばしい事だが、一般化するためには、個々人の努力しかない。自然を破壊するのではなく、自然と共に生きるという生活に、一人一人が戻さなければならないのだ。

先日、企業内新規事業塾生の一人が最後の挨拶時に、その日に参加いただいたゲスト審査員の方の教訓を受けたとの事で、素晴らしい言葉を残してくれた。

これからの仕事に「人を想う」という事を忘れないと。
驚くことに、その事も梅原氏は指摘されていた。

「われ思う、故に我ありではない」と。そう、これは私の勝手な解釈だが、人が生きる意味としても、「人を想う、故に我あり」でなければならないのである。これから先、益々、技術の進歩があり、出来ないことが無くなっていくに従い、「人を想う事」を忘れてはいけないのだ。

人を想うということは、人類の証なのである。

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