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コラム

第264回

「人工肉に見る産学新時代」

5月2日、ニューヨークナスダック市場で、「ビヨンド・ミート」が上場した。2009年にアメリカのシリコンバレーで生まれた、人工肉で知られるスタートアップ企業だ。株価が急騰し4000億を超え、市場の注目を集めた。植物性たんぱく質などを使った人工肉は、世界的に急速に売り上げを伸ばしていて、2025年までに8000億円を超える市場規模といわれている。

ビヨンド・ミートが上場する1か月前、競合のインポッシブル・フーズがバーガーキングと提携し、「ワッパー」に人工肉を提供することで話題になった。この企業は、スタンフォード大学の生化学教授で遺伝学者のパトリック・ブラウン氏が創業した大学発スタートアップ企業だ。私は、スタンフォード大学でインポッシブル・フーズのハンバーガーを食べたことがあるが、見た目や味、匂いも本物の肉そっくりで、植物を原料にした人工肉とはとても思えなかった。すでにロサンゼルスやニューヨークのレストランで販売が開始されていて、行列ができるほどの人気だ。

抗生物質やコレステロールや人工調味料を用いず、水や小麦タンパク質、ジャガイモ、ココナッツオイルなどの素材で生産されている。牛肉と比べて使用する水は約75%減、温室効果ガスは約87%減、土地は約95%減で生産できる環境にやさしい食品だ。この人工肉は、肉特有の風味を引き出すことができるので、様々なメニューで利用できる。人が永きにわたって摂取してきた食肉を、はるかに少ない資源で人々に提供する人工肉の出現は、世界の食流通を大きく変えるかもしれない。

アメリカでのスタートアップ企業の多くは、大学から生まれ育っている。 その役割を、TLOが担っていることが多い。TLOとは、Technology Licensing Organization(技術移転機関)の略称で、大学の研究成果を特許化し、それを企業へ技術移転する組織のことをいう。アメリカでは、1930年頃から技術移転の歴史がある。

近年では、スタンフォード大学からグーグルが、ハーバード大学からフェイスブックが生まれたように、大学から多くの事業が創生されてスケールしている。アメリカでは、大学がイノベーションのプラットホームになっている。

一方、日本では、味の素・帝人・荏原製作所・TDKといった企業が、大学発のスタートアップ企業だ。最近では、ユーグレナやペプチドリーム、サイバーダインを始め、大学発スタートアップ企業が上場し、時価総額が数千億となり話題になった。これまで日本は、大学での研究成果を起業に繋げる仕組みが弱かったが、大学発スタートアップ企業の環境が好転している。

知識社会が進化することで、産業の構造が変わった。富の源泉が大学で研究成果をあげた知識を活用した企業に移り、イノベーションの主役になり始めた。産学の連携が、産業の枠組みを根底から変え、新たな経済の秩序をつくる時代が到来した。

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