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コラム

第278回

「社内起業家の壁取っ払う」

企業価値が新型コロナ禍で一変した。新常態に適応できない企業は資金確保に走り、減産やコストカットに迫られた。だが、こうした受動的な対応ではアフターコロナに未来はない。「新規事業に挑戦したいが、事業を立ち上げる人材が社内にいなくて困っている」。

昨年来、イントレプレナー(社内起業家)不在の相談を受けるようになった。そうした企業には共通点がある。ボードメンバーに新事業立ち上げの経験者がいないので、取締役会で新事業となるとどうも後ろ向きになるのだ。

経営のトップマネジメントチームは勘どころが判らず、リスクヘッジの尺度で成否を測り、新規事業の提案を見送ることが多い。起業マインド旺盛な人材は、嫌気がさして社外に出て挑戦する。意欲のある人材を「塩漬け」にして、機会を与えないから人が育たないのである。

2018年に日本のスタートアップに投資された資金総額は4000憶円を超える。増加傾向にあるが、米国の14兆円規模と比べ少なくGDP比では先進国の中で最小だ。「世界で一番起業しにくい国」といわれている日本のスタートアップエコシステムの環境は、相変わらず独立起業家にはハードルが高くリスクが大きすぎる。

20年10月30日、財務省が「2019年の日本企業の内部留保が475兆円となり過去最高を記録した」と発表があった。企業にいながら起業できるイントレプレナーにとって、内部留保をはじめとする経営資源がたっぷりとあることの意味は大きい。一方で、イントレプレナーには既存事業の「壁」がそびえたつ。これを乗り越えなければ成功しない。

イントレプレナーは既存事業と新規事業とのビジネスの価値観のせめぎ合いに悩まされる。既存事業の成長を求める経営のトップマネジメントチームの思考回路や判断基準はそう簡単に変わらない。かつて私が在籍したリクルートではインターネットが登場した早い段階から、検索ポータルサイトを立ち上げる議論があった。しかし、ポータルサイトの立ち上げは、リクルートの情報誌事業を危うくするという既存事業の壁により、開発に至らなかった。その後、1998年にグーグルが誕生した。

人間や社会を変えるイノベーティブなビジネスは、誰かが必ず立ち上げる。本業が食われるのではないかと躊躇している時間などない。大手企業の多くは、既存事業との整合や相乗効果を経営の意思決定のストラクチャーにしてきた。

垣根のないデジタル社会では、どれだけ柔軟に新事業をアジャイル(素早く)開発できるかが鍵となる。経営のトップマネジメント層がベンチャーキャピタルの構えでイントレプレナーを冷静に見つめ、投資支援をすることが健全な事業の新陳代謝につながる。

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