第337回
今と未来を同時に生きる「両利き経営」

株価が停滞している日本企業の多くは「過去の成功体験」に縛られてきた姿が浮かび上がる。製造業で世界を席巻した栄光は誇るべきものだが、その成功ゆえに、新しい分野へ十分なリソースを振り向けることができず、社内起業家人材が育っていない現実だ。
うまくいっている時は「自分たちは正しい」と感じやすい。社会のエネルギーも企業経営の力も、すでに成果が出ている領域をさらに磨く方向へ集まっていく。両利き経営で言えば、これは「知の深化」だ。強みを深く掘り下げ、効率と成果を最大化する営みである。
しかし、深く入り込めば入り込むほど、新しいことはやりにくくなる。なぜなら、既存の事業を磨き続けたほうが効率は良く、成果も見えやすいからだ。結果が出るかどうかわからない新規事業より、「やれば必ず数字になる仕事」を選ぶのは、ある意味で合理的だ。とくに優秀で、経営トップを狙えるような人ほど、その合理性に引き寄せられ、「知の深化」に偏ってしまう。
だが本来、新しい領域への挑戦は、事業が順調なときにこそ始めなければならない。両利き経営のもう一方、「知の探索」である。成果が出ないかもしれない、失敗するかもしれない。それでもあえてリスクのある領域へ踏み出す覚悟が求められる。
これを怠れば、世の中に大きなパラダイムシフトが起きたとき、企業は一気に立ち行かなくなる。既存事業を磨く力と、次の成長の芽を探しに行く力。その両方を同時に持つことが、これからの経営には不可欠だ。
もっとも、日本企業がすべて停滞しているわけではない。変化の時代でもしなやかに成長している企業を見ると、創業者やオーナーが経営に深く関与しているケースが多い。彼らは今のビジネスモデルが将来通用しなくなるリスクを理解しており、短期的な成果だけでなく、未来への投資を行いやすい立場にある。
では、創業社長やオーナー社長でなければ、両利き経営は不可能なのか。決してそうではない。サラリーマン社長の中にも、「失うものはない」と覚悟を決められる人はいる。ただ、任期が4年程度と限られている以上、どうしても「4年間で何を残したか」を問われる。そのプレッシャーが、知らず知らずのうちに視線を短期へと引き戻してしまうのだ。だからこそ、大企業と変革を起こす場面では、トップのコミットメントが得やすい創業者経営の会社が、結果的に動きやすいという現実もある。
今と未来。その両方に目を向ける「両利き」の姿勢こそが、日本企業と日本社会が次の成長へ踏み出すための鍵となる。
