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コラム

第46回

「外国人から見た日本人」

過日、ニュービジネス協議会が主催する、職人をテーマにしたセミナーに参加した。100年ほど前の日本人を賞賛する外国の方がいたという話を聞き、今の日本はどのような評価になるのかと、少しばかり緊張した。

その賛辞とは、景色は妖精のようで、礼儀正しく、謙虚で、魅力的で名誉を重んじ、悪事を憎み、学ぶ事を好む素晴しい国民だという内容だったようだ。

確かに、歴史の本から想像すると、その時代の日本人は、そのように映っていたと納得できる。神の国、武士道、茶道、華道、書道と道を説き、神教、仏教の普及で日常生活の中に戒めがあり、ヘルシーな日本食を楚々として食し、100年前というと、実に平和だったので戦も無いとくれば、妖精のような印象を与える事もあったであろう。

それにしても、今、この日本人らしさ、いわゆる『道』に対して日本人の考え方はどうなっていくのだろうか。 この伝統文化を追及されている先生は、この『道』の考えや、日本の『伝統美』を残されたくて、職人の生き方を通じて活動されていると感じた。

本当の職人は、術を備え、自分が何をなすべきかをわきまえて精魂をこめるので、作品に魂が入るそうだ。『道』とは己を知り、己を鍛え、わきまえる事なのかもしれない。

セミナーの最後に、「職人の技が、後継者がいない事で伝承されない事はどう解決していくのか」という問いに、その先生は「職人の方々は、それならそれで、時代が求めていないのだから仕方が無い、必要になれば必然に生まれてくるものだからとおっしゃるのです」と答えられた。

「時代が求めていないのにも関わらず、いたずらに後継者を決め、むりやり継続させるばかりが、事業承継では無い。本当に必要な事業であれば、親族や形にこだわらずにいれば、しっかりと承継されていく」と教えられた気がした。

日本ならではの、己を知り、己を鍛え、わきまえる『経営道』が広く浸透していたとしたら、企業と社会との信頼関係は今よりも強く、今日も、外国の方に賞賛や感動を与え続ける日本人であったかもしれない。

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※参考 賞賛の言葉

・エドウィン・アーノルド
地上で天国あるいは極楽にもっとも近づいている国
「その景色は妖精のように優美で、その美術は絶妙であり、その神のようにやさしい性質はさらに美しく、その魅力的な態度、その礼儀正しさは、謙譲ではあるが卑屈に堕することなく、精巧であるが飾ることもない。これこそ日本を、人生を生甲斐あらしめるほとんどすべてのことにおいて、あらゆる他国より一段と高い地位に置くものである」

・フランシスコ・ザビエル
「此の国民は、私が遭遇した国民の中では、一番傑出している。私には、どの不信者国民も、日本人より優れている者は無いと考えられる。
日本人は、総体的に、良い素質を有し、悪意がなく、交わって、すこぶる感じがよい。彼等の名誉心は、特別に強烈で、彼等に取っては、名誉がすべてである。
日本人は大抵貧乏である。しかし、武士たると平民たるとを問わず、貧乏を恥辱だと思っている者は、一人もいない。
住民の大部分は、読むことも書くこともできる。日本人は妻を一人しか持っていない。窃盗は極めて稀である。彼等は盗みの悪を、非常に憎んでいる。大変心の善い国民で、交わり且つ、学ぶことを好む。」

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