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コラム

第28回

「新世紀を迎え」

21世紀を迎えた今、20世紀を眺めてみると「国」から「会社」、そして「個人」へと重心が移動してきているように見えてくる。

その要因として、企業寿命が確実に短くなっているからと思う。更に今後、グローバル化・国際競争激化・成熟化社会へと向かい、各国の企業の急激なイノベーションと技術変化により、企業組織の寿命はいっそう短くなると予想される。

これからは特に知識仕事人が、企業組織よりも長生きし、第二の人生のために、新しいキャリアとして、新たな環境を求め時代をリードしていくと考えられる。

今日のアメリカでは、40%は、知識仕事人だといわれている。日本もやがてそうなるのかもしれない。そして、こういった人たちは頭の中にある知識を所有し生産をすることによって新しいワークスタイルを築いてゆく。SOHO人口が4,000万以上いる現状は、そんな表れでもある。

1950年代から60年代にかけて制度化された日本企業の終身雇用、年功序列制度は、過去のものとなり、これから先の企業の姿はどのように変貌するのか誰にも分からないが、今日とはまったく異なるものになることは明らかだ。

これまでの事業の成否はコスト格差、要はいかに安く作るかが事業戦略の有無であった。しかし今日では事業の成否は、安さだけの戦いから価値の提供に変わりつつある。そしてこの目に見えない価値を生み出す知識、知恵をどう生かすかの有無が企業間の格差につながる。

企業(以前30年が企業寿命といわれていたが、今は更にはるかに短い)よりも長生きする知識仕事人(40年以上)は、生産手段を所有し、しかも、その生産手段は個々の頭の中にある携行品である。生産手段たる知識は、他のいかなる資源とも異質であり、専門分化して、初めて意味、価値をもってくる。

例えば、人事評価コンサルタントが真価を発揮するのは、人事評価に専門分化しているからであり、戦略、財務、システムにはアドバイス、サポートは出来ない。このことは、教育、医療などあらゆる職種の知識仕事人においてもいえる。

これまでの企業内での中間管理職は、90年代に入ってから知識経済ではあまり活躍の場は見当たらなくなってきている。今後、管理者として求められるのは、知識ワークと知識仕事人をマネジメントするプロ管理者(プロデューサー)になることである。

パーティなどで出会った40~50代の人に何をしているか伺うと決まって、「○○で働いている」「マルマル銀行にいる」と、会社の名前で返ってくることが多いが、若い人たちは「デザイナー」「システムエンジニア」「CPA会計士」といった答えが返ってくる。 

今後、知識仕事人の帰属先は、雇用される会社組織ではなく、自分の専門領域になり、コミュニティは自らの専門領域そのものとなっていることに気づく。こういった現実から、これからの企業を変えていくものは、技術や情報やeコマースの発展よりも、むしろこの「個の意識の変化」がインパクトを与えると思える。

そして、こういった一人ひとりが、身らの機会、キャリア、成果、帰属、自己実現に結びつけ、明日の組織がどのようなものとなり、どのような組織が繁栄するかを決めはじめている。

企業をはじめどんな組織でも、マネジメントの定義は一つであり、それは、「人をして何かを生みださせる」ことである。今後、企業組織の競争力はこの一点にかかっている。昨今は多くの企業が、同一価格でいかなる原材料も手に入れられ、資金はさまざまな手段によって調達でき、土地、労働、資本からの競争優位は得られなくなってきている。

また、肉体労働者を活用してきたほとんどの企業にとって、生産手段として重要な存在ではなくなり、メーカーなど極度に労働集約的な小さな産業は別として、競争上意味をもたなくなった。
今や唯一の意味、価値ある競争力要因は、知識労働の生産性である。

そして、その知識労働の生産性を左右するものが知識仕事人であり、企業の盛衰を決めるものも、一人ひとりの知識仕事人である。

今世紀は、知識仕事人として活躍する仕組みを創造できるかによって、繁栄する企業間の差はますます歴然となると思える。

一人ひとりの人間、一つひとつの組織が互いに自己実現できる「縁」を我々も進化しながら知識仕事人集団として機会を創ってゆきたいと年頭にあたり意を強くしている。

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