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コラム

第149回

「着る物」

また、新たな年が始まる。今年は、酉さんを玄関に飾る事になる。ご近所でも会社でも、門松や正月飾りが飾られている。

日本人は面白い。行事や食や縁起物に関しては、なにかと文化を継承する気質であるにもかかわらず、日本人の着衣として受け継がれて来た和装に関しては、日常着としてお目にかかる事が本当に少なくなった。いや、今や殆どないといってもいい。

もちろん、なんにでも、結果には原因がある。

着るものというのは、さかのぼれば、魏志倭人伝時代?に、布の真ん中に穴をあけて首を通しただけの簡易な物から始まっている。その後、平安時代あたりに、前で合わせたり、上下に分けたり、重ねて着たりという形態が、それぞれの時代の事情や文化によって変化してきた。

現代に残る和装の原型は、戦がなくなった江戸時代にやっと定着する。平和であったからか、その時代の身分の高い奥方や侍女の方々は、屋内でのゆったりとした生活が殆どの為、ずるずると裾を引きずって歩かれていた。引きずって・・・。

その後、明治、大正、昭和初期までは、日本の女性の和装率は大変高く、江戸時代からこの期間和装のバリエーションは実に多く、かつファッショナブルであった。

現代は、和装する機会はフォーマルな場所が殆どであるため、なにかとルールに縛られるので、オリジナリティあふれるアレンジ等中々できないが、本来は長い和装の歴史の中、皆それぞれにおしゃれを楽しんで個性を出していたのである。

言い換えれば、本来の着物文化は、日常で楽しく着られるもう一つのファッションアイテムなのだ。

そんなアイテムが消滅し、現代のように和装を見かけなくなった最大の理由は、なんといっても戦争による強引な引き締めである。そして持ち物がなくなった後の海外の文化、製品の流入、生活の交流。そして、なにより女性の社会進出に伴い、日常着としての呉服販売が激減した事にある。

社会で仕事をするにあたり、和装でアクティブに動き回る事は、出来なくもないが、あえて着るには色々な覚悟や環境の条件がいる。そんなこんなで、箪笥の中で眠っている着物を時折眺めてはため息をついていたのだが、ある時、目の前を、蝶ネクタイのワイシャツの上に単衣の着流し、帯は本革、その上にベルベットの羽織、そして、必須アイテムの山高帽をかぶられた、ブーツ姿の叔父様が通られた。

あまりに格好が良かったので、ついつい色々とお尋ねしたら、老舗和服店の会長様でいらした。えっ?呉服店なのに?山高帽?ブーツ?と疑問を感じた自分に、いつのまにか、固定概念に縛り付けられていた己の感性の無さに気づかされてしまった。

「そうなのよ。別に好きに着ればいいのよ。なんで和服だけ仕来りに縛られるのよ。」という、私の心の声が届いたのかどうか、」《きもの文化と日本》というご本をくださった。

和装もファッションアイテムであることが、すぐにわかる内容のとても良いご本である。しかしながら、この私が、樋口一葉や白洲正子さんのようなモダンな着こなしは到底無理であるし、下手すれば、周囲にあらぬ心配をかける可能性もある。

なので、いきなりのオリジナルなファッション化は控えるにしても、今年は、日常の和装に挑戦してみようと思っている。イメージはあるのだから、後は、勇気と覚悟なのだ。問題は、その勇気と覚悟がいつ決まるかだけなのである。

本当にイメージはあるのだ。ここに http://www.doublemaison.com/category/01.html

今年も宜しくお願い致します。

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