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コラム

第136回

「NYへ」

GWに、ニューヨークとボストンを訪ねた。
マンハッタンのブロードウェイのビルの壁面は、デジタルサイネージに埋め尽くされ、様々なコンテンツが流れ、眠らない街は異臭を放っていた。そして、世界の金融危機を招いたリーマンの入っていたビルは、新たなファンド会社に代わっていた。

ウォール街のグランドゼロの跡地には、新たな高層ビルの工事が始まっており、9.11の形跡は、記憶の中にしか残っていなかった。

デジタル社会の中で、グローバル資本主義に向いた、金融立国に姿を変えたアメリカに今、大変革が求められている。ウォール街を歩きながら、この国の人々が求めた豊かさとはいったい何だったのだろうかと考えさせられた。

米国の投資会社によるグローバル化は、自己の利益を世界各地に求めた為に、世界からマネーがウォール街の投資ファンドに集中した。今回破綻したリーマンのトップの年収は70億円と聞く。その手段はスタンダード化された集中したレバレッジであった。その結果、米国の投資レバレッジ手法が世界に蔓延し、世界的な金融不況を招いた。

レバレッジとは、本来梃という意味である。しかし、今日のレバレッジは、要は借金であり、「見せかけの成長を今買って、支払いは後」ということだ。常識的なレバレッジは、資本効率性を高める手段だが、今回のサブプライムに事を発した悪徳で巧妙なマネーゲームは、破綻を招いた必然の流れだと私は思う。

実質の経済活動を伴わない数値成長を求め、自分達だけの利益を求めたエグジット(出口)を前提に置いている投資集団が、世界を巻き込み多くの人々の生活を苦しめている。そして、この感覚は、投資の世界だけでなく、国や地域が後世に支払いを回している姿にも通じるように見える。

現在、各国で民間大手企業が立ち行かなくなった際、政府による救済が日常的になっている構造は、時間稼ぎの先送りであり根本的な解決策にはなっていない。必ず後世に苦しみを与えることになるものと思える。

20世紀までの先進各国は、軍事力と経済の成長によって国力を高めて豊かさを求めた。そして、今、世界の人々の生活が様々な脅威に晒されている。

借金による数字合わせの見せかせの成長でなく、本来の企業の本分は、社会の役に立つ目的を持って、実質の事業活動によって、企業のゴーイングコンサーンと雇用を維持していくことにある。

今回の渡米で、世界から有能な人材の集っているハーバードやバブソン大学で、「脅威ではなくなった日本」という言葉を、出会った多くの人から感じた。
今こそ、本来の日本の文化や人材を生かし、自ら事業機会を創造するソーシャルアントレプレナー起業人や企業内イントレプレナーを、一人でも多くバックアップしてゆきたい。

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