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コラム

第187回

「自分観察」

私は人一倍臆病者なのに、第三者からみると、好き勝手に生きている図太い人間に見えるらしいので、今更だが自分を知る方法がないものかと調べてみた。

すると、セルフモニタリングや、落ち込む人向けの認知行動療法なるものがあるという。自分の言動の良いところ、悪いところを自分に問いかけてみたり、あえて鏡を見ながら声を出してセルフコントロールをしたり、とかとか。

他にも専門家や学者の方々の研究は尽きることはなく、書籍も動画も情報は取り放題にあった。全くいい時代だ。

といっても案の定、難しい事は解らなかったが、とりあえず自分を知ることは、いや、知ろうとすることだけでも、ちょっとお得に、格好いい人生が歩めるのではないかという気がしてきた。

というのは、容姿や資産に関係なく、なんかしら格好いい感じの人は、どんな運命だろうとぶれずに自分を貫いて、かつ、苦労をしている時も、充実した日々を過ごしているようにみえるからだ。

そういえば、あらゆる業界、政財界を問わず人気がある方に、どうしてそんなに格好よく生きられるのかと尋ねた時「格好いいかどうかは別として、常に自分の行動を観察している自分がいる感じかな?」と冗談ぽく応えてくれたことを思い出した。

なんと、この考え方や行動心理は、セルフなんちゃらの一つであったかもしれないのである。つまりは、このセルモニタリングとでもいうか自分で自分を観る事が普通にできている人が、自然と格好いい人となり、格好いい人には人が集まり、周囲に恵まれていくことで事業の成功にも人生の成功にも繋がるのではないだろうか。

だってなにかを託すなら格好いい人のほうがいいでしょ?
強い意志を感じる人のほうが信頼できるでしょ?

ベンチャー投資家の共通する目線にも、その起業家の人間としての魅力にかける割合は高いし余程の特許でもない限り、格好いいプレゼンに興味が注がれるのは仕方がないのである。それに、歴史に名を残すだけでなく、今なお人気の方々も、格好いい方ばかりではないか。

そう、すべからく、いざっていうときの行動や言動で後世に名を残しているのだよ。
なので、こういう方々も、自分を観察している自分がいたのではないだろうか。

今、全ての人々が対象になる世界的感染流行の最中である。
こんな時こそ、誰もが自分を観察する感性をもつべきだと思う。
人災は一人一人の人間の行動により制御が可能なのだ。

正しい行動によって、より早く回避できれば、より早く新たな進化した社会を楽しめる。
これまでも、多くの犠牲をもたらした滅亡の危機から何度も脱却した人類の歴史が語っているのは大災害の後の大きな進歩なのである。
なんといっても、人類は強い。

今や世界の人口の7割近くは、それなりの生活が出来ている。
それに、少し前まで、裸足で歩いて食べ物に困っていた人達に対して、水光熱を始めインフラが完備され、教育機関や医療施設が普及されるまで、たかが数十年で可能な時代なのである。

だからこそ、人災が最もやっかいなものとなる。集団心理がもたらす無意味で無謀な行動は歯止めが効かない。私も、人としてみっともなくないか?と自分に問いかけながら、日々を過ごす事にした。

誰かのせいにしたり、必要以上に不運を嘆いても何も解決しないからである。
案外きついので、続くかどうかわからないし、もう間に合わないかもしれないが、未来がある方には他人の眼や他人の意見に振り回されずに自分の行動を自分が観るという技をお勧めする。

将来、より格好いい自分を観る事ができるからである。

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