第329回
イノベーションの2つの条件

AIが現場に浸透することで、産業構造は大きく変わりつつある。
これまで企業が築いてきた商品やビジネスモデルが通用しなくなり、多くの企業がコモディティ化の脅威に直面している。もはや既存事業の延長線上だけでは、競争優位を保つことは難しい。
これまでにない新たな価値を提供する事業を創出する「新規事業開発」が、実現しなければ企業は生き残れない時代に入ってきた。
今こそ、イノベーションが必要な時代である。
しかし、イノベーションの実現は容易ではない。そこには多くの課題が存在する。私はその最大の要因は、「イノベーションに対する根本的な誤解」にあると考えている。
イノベーションとは、今あるものを改良し、進歩させることではない。
イノベーションの本質は、経済学者シュンペーターは、イノベーションを「新結合であり、非連続」にあると説いた。また、ピーター・ドラッカーは「価値次元の転換」であると定義している。いずれも、既存の延長ではない断絶を伴う変化を意味している。
私は長年、新規事業開発を支援する仕事に携わってきたが、「今ある商品をさらに磨き、ブランディングを通じて新たな市場へ広げていきたい」といったテーマは、持続的成長には寄与しても、本質的なイノベーションとは異なる。
例えば近年、オールシーズンタイヤがヒット商品として普及してきている。これは単なる改良ではなく、「履き替え不要」という、これまでにない価値を提供した点に本質がある。既存の延長線上にはない、非連続な価値創出の好例である。
一方で、イノベーションの難しさは、新しい価値次元を切り開くアイデアが、組織の中で十分な支持を得られない点にもある。個人の独創的な発想を、組織として支援し、意思決定できるかどうかが、大きな成功要因となる。
当社は、これまで1,500人を超える企業内起業家(イントレプレナー)を支援してきた。その中で、極めて独創的でユニークなアイデアに数多く出会ってきたが、最終的な成否を分けるのは、不確定要素を抱えながらも意思決定し、資源を投下する投資家の構えで取り組む経営の覚悟である。
「競合に負けていられない」「AIを使えばアイデアはいくらでも出てくる」
確かにそういった側面もあるが、多くの場合、その発想は既存の物差しの上に留まってしまう。
特に上場企業では、四半期ごとの業績開示やIR対応が求められる中で、先を見据えた大胆な投資判断は難しい。短期目線の経営判断からは、真のイノベーションは生まれにくい。
「まずは足元の数字を」「遠い将来の新規事業より、すぐに実現できるテーマを」
こうした要請の中で、ユニークで独創的なアイデアが棚上げされ、やがて潰されてしまうことも少なくない。その結果、差別化に苦しみ、コモディティ化の罠に陥っていく。
イノベーションにルールや正解はないが、AIは強力なサポートにはなり得ても、イノベーションそのものを求めるには不向きといえる。AIは既存情報を編集し、最適解を提示してくれるが、発想や判断を委ねすぎると、かえって「進歩の罠」に陥る危険がある。
自らの構想によって、世の中をどう変えるのか。
そのストーリーを語れるアートなイノベーターが、今まさに求められている。
そしてもう一つ重要なのは、組織的合意を飛び越えて、そのアイデアに資源を集中投下できる経営リーダーの存在である。
イノベーターと、覚悟を持ってバックアップする意思決定者。
この両者が揃って、はじめてイノベーションは結実する。一人のリーダーがその両方を担えれば、話は早い。イノベーションがしばしば大企業ではなく、スタートアップから生まれる所以でもある。
進歩の終わりが、イノベーションの始まりである。
イノベーションで勝負するのか、進歩に邁進するのか。路線を明確にすべき時に来ている。
私はこれまで、多くのイントレプレナーの提案と向き合ってきた。着眼点がユニークで、非連続性を持ち、価値次元の転換を伴うアイデアを、新規事業としてインキュベーとしていくには、トップ経営陣が投資家の構えを持ち、長期目線で支援することが不可欠だ。このことが、インベーションを実現する条件になる。
