イントレプレナー塾
EVの視点から見る自動車業界の最新動向-2025年2月-

自動車業界は今、100年に一度の変革期。EVシフトの波に乗る企業もあれば、急激な市場変化に苦しむ企業もある。このダイナミックな業界の動きを、長年モビリティの最前線で見続けてきたインターウォーズ株式会社インキュベーションディレクター・日高達治 が独自の視点で分析します。
37年にわたり大手総合商社でモビリティ分野に携わり、20年の南米駐在を通じて実践的な経営を経験。代理店事業、流通、小売、リース、ファイナンス、そしてEVシフトという時代のうねりを肌で感じてきたからこそ語れる業界の未来があります。現在も モビリティ関連企業の経営・営業支援に携わりながら、実際の現場で感じる変化をもとに、EV時代の行方を読み解きます。ぜひご一読ください。
自動車業界の変化が止まらない。EV(電気自動車)シフトは多くの企業にとって経営の根幹を揺るがす課題となり、100年に一度の変革期は「サバイバルモード」へと突入した感がある。
前回10月のコラムから半年経過し、今回は、業界の象徴的な4つのニュースを取り上げ、EVの視点からその影響を考察する。
1.VW(フォルクスワーゲン)の苦境
2024年10月、VWが3工場閉鎖と数万人規模のリストラという大幅なコスト削減策を発表した。欧州最大且つ世界第二位の自動車メーカーにとって衝撃的な決断であった。VWはディーゼル問題からの脱却策としてEVシフトを急加速させ、政府補助金の後押しも受けながら大規模投資をいち早く進めた。その結果大手ではEV切り替えに最も成功したメーカーとして称賛されていたが、その後の補助金縮小や中国メーカーの台頭により販売は伸び悩み、過剰生産により経営が圧迫される事態となった。1937年創業以来ドイツでの工場閉鎖は初めてであり、更に経営難から破産申請した出資先の電池メーカーのノースボルト社を救済する余裕もなく、今回の経営不振の深刻さが浮き彫りとなった。

本来VWは体力あるメーカーでトヨタの様に全方位戦略を志向することができたにも関わらず、EV世界No.1を目指すという焦りからEV に経営資源を過剰に投資したことは、経営判断のミスと言わざるを得ない。リストラ策は労働組合の反発を受け、工場閉鎖を撤回し生産停止という中途半端な形での最終決着となった。EUは引き続き2035年までのエンジン車の販売禁止を堅持しており、EV化と抜本的なコスト削減の両立という難題に直面するVWの動向から目が離せない。
2.テスラ対BYD – EV市場の覇権争い
EV市場をリードしてきたテスラの2024年販売は前年比で初めて減少した。EV販売(179万台)だけに限るとかろうじてNo.1は維持しているものの、猛烈に追い上げるBYDとの差は僅差であった(BYD全販売427万台、内EV176万台)。EV需要減や中国メーカーとの競争激化で主要市場の米国・中国での販売減少が響いた。トランプ政権がEV補助金を廃止すると更なる打撃となることは間違いない。復活の鍵は低価格EVの導入と自動運転技術の普及のタイミング。自動運転の規制緩和が進むとテスラのロボタクシー技術が一気に普及する可能性も出てくる。逆境に強いマスク氏が、この状況からどう舵取りしていくかの手腕に注目したい。
一方のBYDは2024年、前年比40%増となる427万台という驚異的な販売を記録。300万台の日産やホンダを超え世界ランキング7位に浮上、6位のFordともわずか20万台差に肉薄する勢いを見せた。車両コストの1/3を占めるバッテリーの内製化により圧倒的な価格競争力で世界市場を席捲した。実はあまり知られていないが需要が弱含むEVからEVとHV(ハイブリッド)の中間的存在であるPHV(プラグインハイブリッド)を競争力ある価格で素早く市場に投入し、販売の半分以上をPHVで稼ぎだした商品戦略が成功の要因となった。各国の関税引き上げに対抗し、2025年は輸出から現地生産を進める戦略により、販売はGMやStellantisと肩を並べる500万台レベルに達する可能性もあり、EV市場の台風の目となることは間違いない。
BYD初め中国メーカーが低価格EVで猛烈な勢いでアジア市場で攻勢をかけていることで、当初は環境意識の高い欧米市場でEV販売が伸びるという想定だったが、ここにきて中国やインド、アジア地域で急速にEVが普及・拡大している現象は興味深い。
3.ホンダ・日産の統合交渉決裂
昨年12月、長年のライバルであったホンダと日産が手を組み世界第三位メーカーが誕生するという歴史的統合の発表には驚かされたが、歴史的な短期間で交渉が決裂したことも更なる驚きであった。理由は対等な立場に拘る日産のプライドと言われているが、振り返れば世紀の大統合を発表した記者会見の雰囲気に高揚感や華々しさはなく、ぎくしゃく感が漂う感じであったことが思い出される。。。
仮定の話しとはなるが、日産とホンダでは車種構成や得意な市場が似通っているため補完型統合とはならずスケールメリット追及以外には相乗効果が見込めず、何より自主独立性の強いホンダと大企業的な意思決定をする日産の企業文化が融合するのは難しかったのではないかと想像する。既に両社の販売台数は単独ではBYDに抜かれており、統合による日本車連合でEV開発と販売を挽回する機会を逸したことは残念であった。
交渉決裂後の両社の将来は対照的だ。
ホンダはEVに関してはソニーとの協業ブランドAFEELAを立ち上げ、また、2026年から米国で低価格EV発売に向けて自力で着々とEV戦略を進めている。一方日産は2025年3月期800億円の赤字決算となり独力での再建は難しいが、日本の製造業を代表する企業でもあり、その再建は国策とも言える。株主にはフランス政府が影響力を持つルノーや物言う外資系ファンド等が控え、ステークホールダーの利害調整は一筋縄ではいかないが、誰がパートナーとして名乗り出るのか興味深く見守っていきたい。

4.トランプ政権のEV政策 – 業界への影響は?
トランプ大統領は公約であったEV補助金廃止と関税引き上げを進めている。米国でのEV平均価格5万ドルに対して現行補助金7,500ドルの廃止は消費者への金銭的インパクトはかなり大きく、既に失速しつつあるEV販売には大打撃となろう。特に新興のEV専業メーカーにとっては致命的な打撃となり業界再編の引き金になる可能性が高い。気候変動対策という大義のためにEV投資抑制に遠慮していたメーカーも今後は躊躇なくEVの開発・投資計画を見直してくると思われる。
また、バッテリー生産に不可欠な原材料や部材はその多くが高関税を掛けようとしている中国やカナダ・メキシコから輸入されており、仮に関税引き上げが行われた場合には米国内で競争力あるコストでEVを生産することは難しくなり、トランプ政権下では販売・生産両面でEV普及が妨げられることになる。その結果、米国市場ではHVやPHVが主流となるシナリオや排ガス規制緩和やガソリン価格下落によりガソリン車復活という米国市場のガラパゴス化の可能性も考えられる。
2025年の自動車業界展望
以上より2025年の自動車業界は、HV・PHV・EVの需要を地域別に見極め、適切な商品を投入できるか否かが問われ、各社の経営力や技術力、市場や規制変化への適応力が試される年となろう。個別にはVWと日産の再建、テスラの逆襲、BYDの快進撃、業界の大型再編や統合、異業種からの参入、技術面では自動運転の進捗等の動向に注目したい。
短期的にはEV市場の成長が鈍化・停滞する可能性はあるが、中期的な成長は確実である。そもそもEVは快適性や静寂性、維持費等の経済性に優れ、既存の所有者の満足度も高く、次の買い替えもEVを選択するという顧客が多いと聞く。昨年までのEVブームで購入した顧客が次の買い替えを迎える4-5年後には大量の買い替え需要が発生することになり、それまでに低価格で高性能なEVを開発し、第二次EVブームに備えることが重要だ。更に長期的見れば、EVは自動運転やコネクテッド技術とも親和性が高く、次世代モビリティの主役となる存在だ。トランプ政権の4年間でEV市場は停滞若しくは後退しても、来るべきEV時代に向け技術革新の準備を怠ってはならないことを強調したい。
EVシフトの波が押し寄せる中、変化に対応できるか否かが企業の未来を左右します。本コラムで取り上げた業界動向が、皆様の経営判断の一助となれば幸いです。
インターウォーズ株式会社では、モビリティ関連企業の経営・営業支援に限らず、新規事業開発や市場戦略策定のご相談を承っています。
業界の変化にどう対応すべきか、今後の成長戦略をどう描くべきか——ぜひお気軽にお問い合わせください。