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荏原製作所が挑む「新しい事業を生み続ける仕組み」

M&A、事業化、ステージゲートを担う3人に聞く

長年にわたり、ポンプをはじめとした産業機械や社会インフラを支える技術を培ってきた株式会社荏原製作所。

1912年、畠山一清は、ゐのくち式機械事務所を創業し、1920年には、製造品目を広く手がけるとした趣旨から、荏原製作所に社名を変更しました。

そして、1925年、国産ポンプの採用を訴え続けた結果、性能比較の機会を得た東京市淀橋浄水場で、外国製ポンプに引けを取らない性能を証明し、水道向けポンプの国産化を実現しました。

同社では現在、既存事業の成長に加え、M&Aや社内発の新規事業を通じて、将来の新たな事業の柱を生み出す取り組みを進めています。

今回お話を伺ったのは、新事業開発統括部、マーケティング統括部でそれぞれ異なる役割を担う杉谷周彦氏(以下、杉谷)、桝井 啓氏(以下、桝井)、吉浜 真也氏(以下、吉浜)の3名。

杉谷さんは、既存事業の周辺領域を中心としたM&Aによる成長を担当。

桝井さんは、これまで立ち上げてきた養殖・バイオなどの新規事業を、実際の事業へと育てる役割を担います。

そして吉浜さんは、新たな事業テーマを継続的に生み出すためのステージゲート制度やインキュベーション委員会の設計・運営を担当しています。

それぞれ異なる時間軸から新規事業に向き合う3名に、荏原製作所が再び新規事業に力を入れ始めた背景、これまでの試行錯誤、そして「事業を生み続ける会社」を目指す現在地について伺いました。

20年後、30年後の「新たなカンパニー」をつくる

インターウォーズ 林 蒼也(以下、林):まず、現在のように新規事業へ積極的に取り組むようになった背景から教えていただけますでしょうか。

桝井:以前の荏原では、大型の新規事業に参入したものの、市場拡大の遅れや自社の状況などから撤退を余儀なくされた時期がありました。

しかし、2020年頃から再び挑戦を開始し、現在はこれまで本格的に手掛けてこなかった養殖やバイオといった新領域に注力しています。

具体的には、2020年頃に立ち上げた養殖チームが静岡県磐田市でNTTと共同でバナメイエビの陸上養殖を進めているほか、2022年頃に発足したバイオチームでは細胞培養装置を開発し、すでにお客さまによる評価段階へと進んでいます。単に新しい分野へ進出するだけでなく、産業機械メーカーとしての強みを活かした「荏原らしい装置」の開発に取り組んでいます。

杉谷:背景として大きかったのは、2020年頃から会社として財務的な余裕が出てきたことです。過去には財務的に厳しく、新規事業をすべて取りやめた時期もありました。

その後、社員の「挑戦するマインド」を大切にしようという考え方が出てきたことに加えて、当時の社長から「20年後、30年後には新たなカンパニーができるべきだ。そうやって会社は成長していくべきだ」という思いが示されました。

そこから、もう一度、新規事業を活性化させようという動きが始まりました。

林:現在は、M&Aによる成長と、養殖やバイオのような社内発の新規事業の二つの動きがあるように見えます。社内ではどのように捉え分けていらっしゃるのでしょうか。

杉谷:M&Aによる新規事業は、比較的、時間軸が短いです。1年後、2年後には売上や利益に貢献してもらうという考え方で、既存事業の隣接領域を買収し、現在の事業に新規性や成長性を付け加えていくものです。

一方で、桝井や吉浜が取り組んでいる新規事業は、どちらかというと長期目線です。5年後、10年後に数字が上がっていくもの。既存事業からすると少し飛び地に見える領域もあります。

「将来これは必ず来る」と考えていても、まだ時代やニーズが追いついていないものもあります。そうした事業を、時間をかけてつくっていくという違いがあります。

「人に依存する新規事業」から「継続的に生まれる仕組み」へ

林:続いて、新規事業を生み出す仕組みについて伺います。吉浜さんは現在、ステージゲート制度やインキュベーション委員会を担当されていますが、なぜこの仕組みを企画することになったのでしょうか。

吉浜:2020年頃からバイオ、養殖、水素など、いろいろな新規事業に取り組んできました。ただ、新しい案件やアイデアが継続的に出てくるかというと、どうしても人に依存している部分があり、少し停滞していました。

経営層とも議論する中で、「新しい案件、新しいアイデアが継続的に生まれてくる仕組みが荏原として必要だよね」という話になりました。

そこで、他社の事例やこれまでの自分たちの取り組みを振り返りながら、ステージゲート法を取り入れ、今年1月から運用を始めています。

テーマについては、世の中のトレンドと荏原の強みを掛け合わせ、さらにスタートアップや大学・アカデミアなど外部の知見も融合しながら考えています。自社の強みと、社会課題の解決。その交わるところを事業として深掘りしていく考え方です。

林:ステージゲートは具体的にどのような仕組みなのでしょうか。

吉浜:現在はステージ0から4までの5段階です。ステージ0、1は、まだ「このアイデア面白いね」という非常に若い段階です。

ここではいきなり技術開発をするのではなく、「世の中の課題は何なのか」というマーケティングを中心に考えます。

ステージ2になると、もう少し具体的に、「本当にお客様がお金を払ってまで解決したい課題なのか」「実現するためにどのくらい費用がかかるのか」「将来的にどのくらい収益が見込めるのか」といったところまで計画をつくります。

それをクリアすると、ステージ3では予算を確保し、製品やサービスを試作し、一部のお客様に提供してフィードバックをいただく。

ステージ4では、さらに予算と人を投入し、市販の一歩手前となるような実証を行います。段階に応じて、予算、人、体制を体系的に増やしていく仕組みです。

林:現在、このステージゲートはまだ始まったばかりということですね。

吉浜:そうですね。これまでは新事業開発統括部の中が中心でしたが、今年の9月から社内全体にも声をかけ始めています。さらに今後は、グループ会社にも広げていきたいと考えています。

これまでも数年に一度、新規事業に関する社内公募は実施していましたが、常時アイデアを提案できる仕組みではありませんでした。「アイデアを提案する場がなかった」ということ自体が課題でしたので、ようやく継続的な仕組みが整ってきたところです。

もちろん、これから実際に運用すれば新しい課題も出てくると思います。社員の声を聞きながら、仕組み自体も変えていきたいと思っています。

「誰に価値を提供できるか」から始めるーマーケティングと人材採用

林:ここからは、実際に事業化してきた中での苦労や学びについて伺いたいと思います。

桝井:新規事業の立ち上げにあたり、まずはスタートアップ企業とのつながりを重視し、陸上養殖などの現場へ社員を出向・派遣させることから始めました。そこで、他分野の知識や事業のノウハウ、顧客が何を求めているのかを深く学び、自社である産業機械メーカーの強みと組み合わせた新製品の開発を目指したのです。

一方で、最大の反省点となったのがマーケティングの軽視でした。

当時のチームは新規事業の素人集団であり、「まずは作ってみよう」という開発主導の考え方に偏ってしまっていました。本来であれば、開発に着手する前に「誰のために作るのか」「誰が買ってくれるのか」というターゲットを明確にする必要があります。

そこを見極めずに進めてしまった結果、多くの時間と資金を無駄にしてしまいました。この苦い失敗と学びが、現在のインキュベーション委員会の立ち上げと運用の基礎となっています。

林:新しい事業を立ち上げる際、人材をどう集めるかも難しいところだと思います。

桝井:メンバー構成については苦労しました。現在では十数名規模のチームとなっていますが、もともと社内(荏原)の別部署から異動してきたメンバーは2〜3名ほどで、それ以外の多くはキャリア採用で参画したプロフェッショナルたちです。特に養殖事業など、現場で生き物を直接扱うコア領域のメンバーは、すべてキャリア採用で迎えました。

組織づくりにおいて大切にしてきたのは、「やるからにはきちんとする」という強い姿勢です。最初から一気に人員を集めたわけではありません。

事業の成果物や目指すターゲットを見極め、フェーズが一段階上がるごとに「今、どのようなスキルを持った人材が必要か」「その人にどんな役割を託すのか」を徹底的に言語化し、それに合致する人を丁寧にスカウトしてきました。こうして事業の成長スピードに合わせた段階的な採用を重ねてきたからこそ、異分野のプロが集まり、強固な体制を築くことができました。

インターウォーズ 片原 和明(以下、片原):外部から新しい人材が入ると、大企業とのカルチャーやスピード感の違いもありそうですね。

桝井:バイオ分野の人たちは、本当にその領域が好きな人が多いです。会社の組織そのものよりも、「細胞に触れながら試験をしていることが楽しい」というような方も多い。養殖の人たちも、生き物に真摯に向き合う粘り強い人が多いです。

「一番楽しいのはエビに餌をあげている時」という人もいるくらいで、メンバーは会社への貢献意識も高いですが、自分の好きな養殖に向き合いながら取り組んでいます。

だからこそ、エンゲージメントに対する不満は少ないと感じています。

ただ「製品を作ったのに、なぜすぐに販売開始できないの?」という、大企業ならではの承認スピードに対する意見は出てきますね。

挑戦を後押しする組織文化 ― 心理的安全性と「二つの思い」

林:ここからは、新規事業を推進する中で皆さんが大切にされてきたことを伺いたいと思います。

杉谷:最初に新規事業の社内イベントを始めた頃は、久しぶりの取り組みということもあって、出てくるアイデアには、まだ十分に煮詰まっていないものや荒削りなものもありました。

ただ、そこで否定してしまうと、起案者本人は挑戦する意欲を失ってしまいます。

ですから、その中にある小さな気付きや、小さな達成をきちんと認めることを大切にしました。「褒める」と「認める」は少し違うと思いますが、きちんと承認する文化をまずつくる。心理的安全性を確保することで、多くの人が新規事業にチャレンジしやすい組織風土をつくることが、最初の取り組みだったと思います。

林:今後ステージゲートを通じて多くの社員が挑戦されると思います。吉浜さんが、新規事業に挑戦する方に求められることは何でしょうか。

吉浜:私自身、ゼロから新規事業をつくってきた経験から、大切なことは二つあると思っています。

一つは、本人の「やりたい」という思いです。新規事業は、大変なことの方が多い。日々、良いことばかりが起きるわけではありません。

それでも「自分はこれをやりたい」と思えることは、とても大切です。

もう一つは、その根底に「誰かの課題を解決したい」という思いがあることです。自分がやりたいだけではなく、誰かのため、世の中のためになること。

荏原は社会貢献という考え方を非常に大切にしている会社です。

「自分がやりたいこと」と「社会の課題を解決したい」という思いが重なった時、それが周囲を動かし、会社を動かし、やがて社会を動かすような大きな力になるのではないかと思っています。

林:桝井さんは、新規事業に取り組んできた中で印象に残っている経験はありますか。

桝井:立ち上げ当初は、そもそも新規事業のネタの探し方すら分かりませんでした。そこで、自分からスタートアップ企業に飛び込んでいったこともあります。当時はまだ粗削りなアイデアでしたが、飛び込み提案をおこなったインテグリカルチャーさんとは今でも良好な関係が続いていますし、実際に受注につながった事例もあります。

だからこそ、最初は自分自身でも行動を起こし、話を伺いながら「何ができるかを考えること」がすごく大切だと思っています。

人に行かせるだけではなく、自分で見て、自分で話して、みんなと一緒にアイデアを出していく。そして、チームがアイデアを出して新しい装置をつくり、それが本当に成果として出ると分かった時が、今は一番うれしいですね。

個人の原動力と受け継がれるDNA

片原:吉浜さんご自身が、新規事業を長期間続けてこられた原動力はどこにあるのでしょうか。

吉浜:荏原という会社自体が、「縁の下の力持ち」であったり、社会課題を、事業を通じて解決したりすることを本当に真面目に考えている人が多い会社だと感じています。私自身はキャリア入社ですが、そこにはすごく共感しています。

個人的には2017年頃から、ずっと水素、エネルギーのことを社内で言い続けてきました。日本のエネルギーセキュリティや環境負荷の問題に課題感があって、荏原という会社の事業を通じてそこに貢献したいという思いがあったからです。

「なぜそんなことをやるのだ」「なぜそんなにお金がかかるのか」「全然売上が立たないじゃないか」と言われることもありました。それでも仲間と一緒に続け、10年近く前から地道に取り組んできたものが、ようやく製品化や受注につながりました。

まだ道半ばですが、自分自身のやりたいことと、インキュベーション委員会の運営などを通じて人を支援することを今はうまく両立できているのかなと思っています。

林:お三方のお話を伺っていると、個人の思いと、会社として社会課題を解決するという考え方が重なっているように感じます。

杉谷:荏原は歴史の長い会社です。戦前、国産ポンプをつくり、日本のインフラを海外に頼らずに製造・普及していこうという創業者の思いから始まっています。会社の歴史を聞いたり、学んだりする中で、創業者から受け継がれてきたDNAのようなものを感じます。

単にお金を稼ぐということ以上に、環境やインフラに貢献する。社会課題を解決する。
そうした思いが脈々と受け継がれてきた「伝統の重み」があります。

それが今回のステージゲートの取り組みにもつながっていますし、思いを持った人が新規事業に携わっていくという循環にもつながっているのではないかと思います。

新規事業のこれから ― 事業化と「日本企業連合」という視点

林:今後5年、10年という時間軸で、新規事業をどのような状態にしていきたいかを教えてください。

吉浜:これまでいろいろなことをやらせてもらってきました。今後は事業規模を拡大し、数字として会社に貢献していくフェーズに入ったと認識しています。ですから、しっかりと事業の柱をつくりたい。

新規事業は、いつまでも「新規事業」であってはいけないと思っています。最終的には既存事業へ移し、事業として収益を上げていくところまでやりたいです。

また、個人的には引き続きエネルギー分野を追いかけていきたいと思っています。荏原との親和性もありますし、日本にとっても非常に重要なテーマですので、そこでの事業化も目指していきたいです。

桝井:バイオ事業には長年取り組んできており、製品自体はすでに完成しています。来年の販売開始に向けて計画を進めています。現在、私たちはコーポレート部門に所属しているため、直接販売を行うにはハードルがあります。そのため、完成した製品を事業部へ移管し、本格的な販売体制へ移行するための調整を行っているところです。

新規分野で生み出した製品を、しっかりと利益の出る事業へと育てる。まずはそこで確実に成果を出すことを目指しています。

林:最後にこの記事を読まれる新規事業担当者や、社内で新しい事業に挑戦されている方々へメッセージをお願いします。

杉谷:これからの社会課題は、一つの会社が単独で挑んで解決できるほど簡単なものではなくなってきています。課題の範囲も広く、深くなっています。

だからこそ、「オールジャパン」として企業同士がしっかりタッグを組んでいくことが、これからは非常に重要になると思っています。

もちろん、自社の売上や利益を伸ばす視点も必要です。

ただ、それだけではなく、「日本という国家、日本の産業競争力をどう高めていくか」という視点で日本企業が連携し、そのための新規事業を考えていく。そうした取り組みも大切になるのではないでしょうか。

吉浜:杉谷の話にも通じますが、荏原だけではできないことがたくさんあります。日本の国益につながる事業や、社会課題を解決する事業を、それぞれの企業の得意・不得意を補いながら一緒につくっていきたい。

この記事をきっかけに、いろいろな企業との連携につながれば、さらにうれしいですね。

桝井:私は、新規事業という意味ではスタートアップの皆さんをすごく尊敬しています。自分たちがやりたいことを、まっすぐにやっている。

そういう姿勢は、新規事業に挑戦する上で非常に大切だと思っています。

インタビューを終えて――“荏原製作所に受け継がれる「熱と誠」”

今回のお話を伺いながら、私が思い出したのが、4月下旬に藤沢事業所で開催された「荏原フレンドシップデー」です。休日の朝一番にもかかわらず、受付には多くの地域住民の方々が列をつくっていました。

企業、事業所がここまで地域の皆さまに親しまれていることに、驚いたことを覚えています。

そして今回の取材を通じて、その背景にあるものの一つが、同社の創業の精神である「熱と誠」なのではないかと感じました。

「熱と誠」は、創業者・畠山一清氏が創業期から唱えてきた言葉です。

「熱」とは、与えられた仕事をただこなすのではなく、熱意を持って人や仕事と向き合い、自ら創意工夫しながら挑戦すること。

「誠」とは、社会やお客様、そして自らの技術に対して誠実に向き合い、誠心誠意やり遂げること。

こうした精神が技術へと結実し、現在まで荏原を動かし続ける力になっています。現在も「熱と誠」の精神のもと、事業を通じて社会に貢献することが、荏原グループの存在意義として受け継がれています。

また、羽田本社1階には、水素やバイオをはじめ、杉谷さん、桝井さん、吉浜さんたちが長い時間をかけて取り組まれてきた、新しい事業や技術も紹介されていました。

今回のお三方のお話には、それぞれ異なる立場や経験がありました。しかし、その根底にあったのは、社会に必要なモノづくりという思いと、それを事業として実現するまで諦めずに取り組む姿勢だったように思います。

自ら現場へ足を運び、自分の目で見て、自分の言葉で話す。何年かかっても必要だと思うテーマを追い続ける。そして、一社だけでは解決できない社会課題に、企業の垣根を越えて挑んでいく。

100年以上にわたって受け継がれてきた「熱と誠」は、こうした新規事業への挑戦の中にも、確かに息づいているのではないでしょうか。

私たちインターウォーズも、新しい事業を生み出そうと挑戦する皆さまとともに考え、伴走しながら、その挑戦を引き続き支援してまいります。

インキュベーションコンサルタント 林蒼也